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静かに待ちましょう

以前読んだ、哲学書の入門編のような本(荘子についての)でも、私にはちんぷんかんぷんだったのですが、それでもそこに書かれていた、「世界の終わり」「世界の果て」とはつまり今この私達が生きている瞬間、瞬間を指すのである、という指摘には、かなりの衝撃を受けた。そうであった!不覚だった、という衝撃である。

いま、この瞬間より先に世界は無い。ドゥドゥと流れていく世界の果てに私達はかろうじて生を受け、その流れの上で笑ったり怒ったりしているにすぎない。ものすごいスピードで自転している地球の上でそのスピードに気付かずのうのうと眠っているのと同じこと。子供の時、ふと、そのやり直しの効かなさに気付いて愕然として「なんで練習がないのよ!」とものすごい憤りを感じたものだけれど、コレばかりは仕方がない。

その世界の果てから、全くちがう次元に旅立ってしまった人の立つあちら側を、「彼岸」とよんだのは、昔の人の現代人には及ばない叡智だと思います。

朝起きて、ものすごく良い寝覚めだった!体がすごくすっきりしている!と思えるときは大抵、私は今は彼岸で多分のんきにやっている父の夢を見ている。「ああ、お父さんの夢を見たからか」、なんて多分彼岸に父が旅立ってからかなりの年数がたつからのように傍からは思えるかもしれないが、実は喪明けのころから父に関しては悲しい夢を見たことはない。それは本当に娘として幸せなことだと思う。

父の日の前にお父様が急に亡くなられた、という友人からの悲しい知らせを今夜受けて、他の友人ともどもかなり動揺しているのだけれど父想いの彼女以上に娘を愛していらしたお父様が、長く長く娘を悲しみのふちに置き去りにすることはないように思っています。

多分、穏やかな夢の中にふたたび彼女をいつくしむ眼差しで立たれると信じて、今は静かに悲しみの中にいる彼女とともにその日を待とうと思っています。

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